ほしくさのおもいで

暇にまかせて。

抽象的な何か

 

昨日。

 

dangomushin.hatenablog.com

 

そして今日。

 

 

20時頃家を出たこともあり、もう蛍が結構光っていた。

家を出る時、今日はバルブモードで撮ろうと決めていた。

ケーブルレリーズ持ってないけど。

ミニ三脚だけでも持って行こうかな、と思ったらいのっちに「三脚は自分!根性!」と言われ、面白そうなのでそれでいった。

 

 

クソ根性を発揮して脇を締め腹式呼吸で撮った写真。

私の手ぶれを感じながらご覧頂ければ。

 

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抽象画の様な。

 

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蛍の写真、というよりも、何だろう。

この写真には頑張って撮ってる私(楽しい)が写されている様に思う。

大いにぶれぶれなのだけど、写真を見ていると何だか楽しい気持ちになる。

ので、撮って良かった写真と言える。

「蛍の写真」としては、昨日「全然思う様に撮れなかった」と思ったけど、今は私にはそれで十分だったのでは、と感じている。

自分の写真が一番可愛い。(ナルシシズム全開)

 

 

お風呂で、蛍を撮ることの難しさをいのっちと話してたんだけど、蛍は時間軸で楽しむものであって、瞬間を切り取って一枚の写真に収めようとするのは難しい、という結論に至った。

(あと、私は実は滝が大好きなのだけど、滝も蛍と同じな気がする。。。)

時の流れを含む空間というか。

光っては消えながら、独特の軽さで浮遊する物体が急に近づいてきたりふわっと離れて行ったり、そういうのが楽しい。

 

 

今日も誰も居なくて貸切状態だった。 

私の実家の目の前は竹藪だった。そしてその向こうには川があった。

子供の頃は、時期になると毎年、祖父が必ず「蛍が出たぞ」と、寝る準備をして布団でごろごろしている私を連れ出して竹藪で光る蛍を見せてくれた。

そんなに数は多くなかったけど、とても楽しみだった。ごくたまに、その内の数匹が庭まで飛んできたりして、それも嬉しかった。

私の成長とともに蛍の数は減って「今年は蛍が居ないなぁ」という年が出てきた。

今は、もう全然居ない。

 

 

この土地の蛍もいつか消えてしまうんだろうか。

いのっちに聞いたら、昔は家の周り中に居て、あの川に居るのが最後の光だ、と言っていた。

出来れば毎年ふたりで見たいし、見ながらおじいちゃんのことを思い出したい。(見なくても、おじいちゃんのことは高頻度で思っているんだけど(好き過ぎる))

 

 

 

 

それと、今日も寒かった。

もう夏は中止になったんでしょうか?

 

 

 

 

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